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2010年8月10日

2010年度ガボン調査

ツイッターをはじめたらブログ更新しなくなるかもと思っていたら、そのとおりになってしまった。去年から、ブログはブログでしっかり書こうと、わりとがんばってきたのだけれど。今後どうするか、少し考えます。

それはさておき、今日からガボン。今回は超短期。帰国は8月31日。JICAプロジェクトの総合調査の総括と、チンパンジーの調査が目的だ。チンパンジー、しっかり見てこよう。

2010年2月23日

ようやくキャンプへ


リーブルビルに到着して一週間、ようやく調査地へ移動できるめどが立った。最近では、これほど時間がかかったのは久しぶりだ。

キャンプ入りが遅れた原因は、調査許可の遅れだ。JICAのプロジェクトが始まって以降、いろんなことの規模が大きくなったため、日本人研究者とガボン側の意思疎通がなかなかうまくゆかなくなり、先方にさまざまな不満がたまっていたようだ。

結局、いつものように、じっくり議論することで相互理解にいたることができた。けれど、プロジェクト運用上でカウンターパートと齟齬が生じた場合、それを解決するのは専門家の役割なのかなぁ、とか、僕より先に入っている人たちも、もうちょっと先方とのコミュニケーションを密にしてくれないかなぁ、とか、愚痴を言いたくなったりして。

ともあれ、ようやく調査だ。運営管理はあくまで二次的な仕事。頭を切替えてゆこう。
同行している京大のNくん、とても優秀で、刺激になる。森を歩くのが楽しみだ。

2009年12月13日

Diboty


ムカラバの類人猿保護のため、研究者仲間と一緒にほそぼそとグッズ製作と販売などをしてきた。今年のSAGAシンポジウムで物販をした時に、もうちょっと積極的に活動していこうという話になり、では活動するグループの名前をつけようということになった。そこで決めたのが

「Diboty (ディボティ)」

だ。

Dibotyとは、ムカラバ周辺に住む農耕民プヌの言葉で「やさしい」という意味。主に「ありがとう」という意味でも使われる。

われわれの暮らしを支える、アフリカの熱帯林の生態系(ヒトを含めた)の「やさしさ」に対して「ありがとう」という気持ちを込めて名づけた、ということにしておく。ムカラバにゆかりの言葉で、響きがよく、意味ありげで、活動するわれわれも違和感なく使える言葉にしたというのが本当のところだ。

当面は、SAGAでの物販を中心に、日本で募金を募りつつ、現地で村人たちが結成したNPOの活動の支援をしてゆく予定。

現地でこれまでやってきたのは、村人の作ったみやげものの買い上げと(SAGAで売れた!)、GRASP-Japanの寄付金による医薬品と学用品の寄付だ。

日本でも、もっと啓発活動をしてゆきたいと思うが、なかなか人手が足りない。中心メンバーのほとんどは現地に長逗留するか、いったりきたりだ。グッズや広報チラシの製作、ホームページの作成などやりたいのだが、ほんとに時間がない。

というわけで、類人猿保護に関心のある人で、活動に興味のある人がいたら、ご協力をお願いしたいです。ヤムイモ公式サイトの「保護」のページにもう少し詳しい情報と連絡先を掲載しているので、どうぞご覧ください。

2009年11月 7日

自分と類人猿が重なるとき

今朝、娘と一緒に自転車で図書館に行った。昼前に帰る道すがら、のんびりと抜きつ抜かれつ道を走りながら、ふと「なんか俺、今ゴリラのとーちゃんみたいだな」と感じた。

娘にとっては自転車に乗るのはそれ自体遊びでもあり、また少し危険な挑戦でもある(なんせ歩道が狭くて)。ちょっとした段差で降りて、またのったり。降りたら降りたでとりまわしが下手くそであっちふらふらこっちふらふら。それを見ているこっちは、娘のペースにあわせ、のんびり漕ぐ。ちょっと退屈だ。

そんなふたりの動きかたが、ちょろちょろ遊んだりくるくる回ったりしながら歩くゴリラの子どもたちと、そのペースにあわせ、ゆっくり落ち着いた歩調で歩くシルバーバックの姿と重なったのだ。一瞬、ムカラバの森の中にワープしたような感覚。

そういえば、少し寒くなったので大きめのジャンパーを着て動く娘の背格好は、なんだかウピンダに似てる。そう思うと、心なしか自分もパパ・ジャンティになった気分。ウピンダはムカラバのグループ・ジャンティの5〜6歳の子ども、パパ・ジャンティはシルバーバックだ。

と、パパ・ジャンティ気分になった途端、いつになく鷹揚になった自分を感じた。娘が自転車のとりまわしに手間取っても、別に急かす気にもならず、かといって、手をかしてやろうという気にもならない。気分はゴリラなので、声をかける気にもならず、ただ見守ってると、娘はなんとか自転車をたてなおし、ペダルに足をかけてすいすいと走りだした。

あー、パパ・ジャンティって、すごくいいとーちゃんなんだなぁ、と、深く実感した。

2009年10月23日

調査地のGISデータベース構築に挑戦

9月から開始したJICA/JSTの地球規模課題対応国際科学技術協力事業「野生生物と人間の共生を通じた熱帯林の生物多様性保全」では、主要な成果のひとつとして調査地であるムカラバ国立公園の生態系マップの作成というものがある。年明けから広域で動植物相の調査を開始する予定だが、そのデータも、地理情報としっかり関連づけてゆかねばならない。

そのために、センサスの計画デザインと、GISを含む生態データのデータベースの構築が、僕の年内の仕事になる。

今回、GISも含め、データベースはすべてオープンソースのソフトウェアを使用する方針だ。なぜなら、いずれそれはガボンのIRETに移管するからだ。高価なソフトウェアでデータベースを組んでしまっても、のちのち使えない。

今考えているのは、GRASS GIS + SQLite + R + MapServer という組み合わせだ。OSはUbuntuのサーバ版にしようかデスクトップ版にしようか思案中。とりあえず、サーバにするマシンの選定をしつつ、自分のノートPC上にテストシステムを構築してみる。随時経過をアップしてゆきたい。

2009年4月17日

「森の中」と「森の底」

ここ数日雨がちで、今朝もぽつぽつしてた。雨とともに、花粉も流れていってくれーと願っていたが、どうなることやら。


とくに火曜日の大雨はすごかった。夜まで会議で、そのあと山道を車で帰るのがおそろしいほどだった。コンゴのンドキにいたころ、何度かキャンプで大雨に降りこめられたことを思い出した。

森で激しい雨が降ると、キャンプのバラックから一歩も出られない。トイレにゆくのも一仕事だ。おまけに雨音もすごくて会話もできない。雨に降りこめられるとはこういうことか、という感じだ。

けれど、考えてみると、ガボンで雨に「降りこめられた」というような覚えはあんまりない。もちろん大雨は何度も経験している。どちらかというと、ガボンのほうがデカい雨が降る。

ガボンでは「降りこめられる」というより、「雨に降りさらされる」という感じだ。

同じ森での雨なのに、なんで感じ方が違うのだろう。思うに、それは森の深さの違いによるのだろう。

ンドキの森は高かった。そして、その高い森が連続していた。観察対象のチンパンジーやゴリラ、サルたちはその高い森の上のほうにいた。あそこまで浮かぶことができればな、と思いながら、あー、ここは深海の底ならぬ「森の底」だ、と感じたものだ。光もほとんど刺してこない。日がかたむくと、あっという間に周囲が闇につつまれた。

そんなところで大雨にあうと、森がほんとに深海になってしまったかのように感じる。キャンプはさながら壊れた深海潜航艇のようだ。

ガボンの森も、日本の森よりはるかに高い。けれど、ところどころに切れ目やギャップがある。虫食いのようにサバンナがあったりして、そんなところでは、光は横からも刺してくる。日中はかなり明るく、夕方になっても、なかなか暗くならない。モコモコとドーム状に分布する森の塊に入ったり出たりしながら調査をしている。朝、キャンプを出発すると、山陽新幹線がしょっちゅうトンネルに出入りするように、「森の中」に入ったり出たりしながら、一日を過ごしている。

プチロアンゴのキャンプはサバンナに作っていたし、ムカラバのキャンプもプランテーション跡の開けた場所だ。つまり、森の「外」にあるのだ。だから、そんなところで大雨に会うと、キャンプごと自分が雨にさらされてるように感じるのだろう。

どちらがよい環境ということはないのだが、心地良さということだけ考えれば、森の底にいた時間のほうが、幸せだったように思う。