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2010年3月13日

リーブルビルに戻る


少し、というかかなり早めにリーブルビルに戻ってきた。現地2週間だ。ほんとうはあさってまで調査地にいる予定だったが、リーブルビルでカウンターパートのIRETと調整しなくてはならないことがたくさんあって、時間に余裕をみて戻らないとまたコミュニケーションエラーが生じると思い、予定を早めた。

今回は、今までとは全然別の意味で疲れた。今回は、哺乳類相の総合調査にむけた予備調査とIRETの研究者のトレーニングが目的。3人の研究者を連れて森へ入った。この3人がおそろしく勉強好きなのだ。毎日、森の中で質問、キャンプに戻って質問。質問ぜめだ。しかもなかなかいい質問をする。こっちの勉強不足が試されているかのようだった。

その一方で、研究技能に関する質問は、えーー、そんなことも? と思うような物が多かったり、データを入力してみてね、と言ったらワープロソフトの表機能を使って入力しちゃったりとか、これはこれで大変だった。

しかし、こうしたやりとりを通じて、ガボンの研究者たちの研究環境が見えてきた。彼らには、日本の大学の学部で行われるような「基礎教育」が相当不足しているのだ。知識と手作業は習うのだが、自分で物をあきらかにするための基礎的な技術が足りない。

なるほどそうかぁ、と納得したところで、彼らの質問はとまらない。基礎技能が足りないから、だいたい説明して「あとは自分でやってね」と言うことができない。手取り足取り教えなくてはならない。しかし、やってる作業の意味は理解しているので、「実習だし、時間もないから」と考えて入力でずるをしたりすると、「それっておかしいんじゃない?」と聞かれてしまう。

そんなこんなで、くたびれました。けどまだ終わらない。来週の月曜日は研究室でRの導入講義をすることになった。はぁ。

2009年9月18日

帰国

8月14日に日本を出発して、ちょうど5週間目の昨日(9月17日)に帰国した。今回もダニにたくさんやられて、まだそこかしこに「顎」が残ってちくちくする。

以下に、簡単な日程のサマリを。

8/14夕、パリで京大院生のH君と合流。Annette & Marcel Hladick夫妻と面会。10月の来日のことなど相談する。おふたりともあいかわらずお話好きで、しかもおもしろい。

16日にリーブルビルへ移動。こないだ来日した熱帯生態学研究所のP君が彼女と一緒に空港に迎えにきてくれた。

JICAの調印式があることを到着してから知る。急遽、JICAのHさんにジャケットとネクタイを借りて出席。調印式の夜には大使館でレセプション。

大急ぎで買い物をして20日に出発。京大チームの車が故障中だったので、JICAの車を出してもらう。P君、H君と僕、それにJOCVのSさんというメンバー。Sさんはガボンの北のほうで幼児教育の支援を行っているという。子ども学科の僕としては奇遇だ。

21日、チバンガで買い物してドゥサラ入り。車の積載が少なかったため、チバンガ-ドゥサラ間を2往復しなくてはならなかった。買い物はH君、P君に任せて村で飲む。

22日、キャンプに移動。発電機は壊れている、テントはない、トラッカーたちがたくさん不満を抱えているなど、なかなかtoughな状況。まあでもそのほうが僕に合っているといえばあっている。

23日から踏査開始。初日はみんな一緒に歩き、GGと再開。Sさん感動。24日は徒歩で久しぶりに昔のキャンプを訪問。帰り道でチンプを見る。25日、JOCVのSさん帰る。

29日、R大のSさんが6年ぶりにキャンプに到着。一緒に仕事をするのは98年以来...10年ぶりだ。しかし、翌30日は大統領選挙のためすべてのトラッカーと一緒にドゥサラに出なくてはならなくなった。奇しくも日本の衆議院選挙の日だった。

大きな混乱もなく投票がおわったので翌31日にキャンプに戻る。村の宿泊は精神的に疲れる。

ラジオで選挙の結果を注視しつつ踏査。チンパンジーは、声はすれども姿が見えず。雨期は声を頼りに彼等を発見するのが容易だが、乾期は細かく離合集散をしており、移動中はかなり分散するらしく、「声のところ」まで行ってもなかなか見つけられなかった。

9月3日午後、恒例の「レユニオン」。トラッカーたちとの団体交渉だ。日本人の留守中にずいぶんいろいろ問題があったらしく、すべてのトラッカーの連盟の「連判状」をもらっており、toughなものになると予想されたが、「渾身の大演説」で誠意が通じたか、すんなり終わる。

4日から再び踏査。自分では楽に終わったと思っていたレユニオンだが、予想以上に精神的後遺症が残り、気持的にちょっとつらい日々となった。でも、チンプの遊動における雨期と乾期の違いがかなり明瞭にあるということがわかってよかった。

10日、村で「フェット」。こちらがヤギと米と酒を提供し、村がニワトリ、魚、マニオク、バナナを提供する恒例行事。ヤギの解体作業を完全撮影。久しぶりにいろんな村人とじっくり話すことができてよかった。

11日、踏査最終日。GGを追跡し、マワタとママノワールにチャージされるが、パパがマワタを諫めてくれて事なきを得る。って、そんなに危機的な状況じゃなかったけど。

12日、熱帯生態学研究所の運転手がJICAの車で迎えにきてくれた。フガムに一泊し、翌13日リーブルビル着。京大のYさん、I君と合流。日本人5人が大集合だ。午後、熱帯生態学研究所でJICAプロジェクトについて合同会議。そういえばYさんとアフリカで一緒になるのは98年以来だ。

14日、Yさん、I君、H君はフランスビルの医科学研究所へ移動。僕らはおみやげ買ったり、大使館にごあいさつに行ったり。

15日、JOCVのSさんにガボンの幼児教育の現状や支援の内容についてインタビュー。いちおう、子ども学科への手土産のつもりだが、果たして興味をもつ人がいるかどうか...。夜の便で出発し、翌16日の朝にパリに到着。空港でSさんと別れ、街で家族へのおみやげを買う。夕方出発し17日昼すぎに帰国。スーツケース破損。空港から直接大学へゆき、学科会議。

と、だいたいこんなであった。ここを見ている京大人類の人のために付記しておくと、H君、まだマンドリル見れてません。けど元気でやってます。彼ならきっといい仕事ができるでしょう。