2010年10月11日

[論文] サルの密度センサスは群れ単位でなく個体単位でデータをとるべし

霊長類の密度調査、とりわけ熱帯の霊長類の密度調査の標準的な方法といえば、ライントランゼクトによるdistance sampling methodだ。

ライントランゼクト法とは、森の中にまっすぐに設定された道(トランゼクト)を歩き、発見した動物、または動物の痕跡(糞やネストなど)を数える方法だ。動物やその痕跡の発見率はその動物の生息密度を反映するので、密度の指標になるわけだ。

ライントランゼクト法から直接得られる数値は踏査距離あたりの動物の発見頻度だ。だが、言うまでもなく、動物の密度とは単位面積あたりの生息数だ。発見頻度から密度を算出する手段がdistance sampling methodだ。

DSMの概要はこういうことだ。まず、観察者は対象動物(またはその痕跡)のすべてを発見できるわけではない。トランゼクト上にあるものは100%発見できるとしても、遠くのものは視界が遮られたりして発見率が下がる。そこで、観察対象を発見したときに、トランゼクトから対象までの距離を測ると、対象のトランゼクトからの距離と発見率の関係がわかる。そうすると、そこから、自分がトランゼクトを歩くことによってトランゼクトの両側のどのくらいを「探している」といえるのか、という幅を求めることができる。この幅をESWという。そうすると、対象動物の密度は(発見数)/(踏査距離距離 x  ESW)で求められる。

理屈はわりと簡単なのだが、実際にやるとなると、結構いろんな問題が生じる。

まず、対象までの距離の測定に誤差がでると、密度の推定値が大きく変わる。サルの群れなど、ときには数10m離れているところで発見するのだが、距離を正確に測るのは大変だ。目視による推定では誤差が大きすぎる。今は性能のよい距離計があるが、動物が動いたり逃げたりするとちゃんと測れない。

もうひとつの問題は、サルは群れ生活者なので、サルどうしの動きが独立でないということだ。類人猿のネストなどもそうだ。そのような「クラスターとして存在する調査対象」の場合、観察対象を個体ではなく、群れとすべきである。理屈では。よって、サルの密度推定では、まず群れの密度を算出してから、それに群れの平均個体数を乗じて個体密度を算出する、というのが、これまで推奨されていた方法だった。

ところが、これはこれで問題が多い。まず、トランゼクトから「群れ」までの距離を測るのが大変。群れの個体はある空間的広がりをもって分布しているので、その群れの分布の中心までの距離を求めなくてはならない。そのためには、トランゼクトの進行方向に対して一番右側の個体と一番左側の個体の居場所を正確に知る必要がある。しかし、ある個体が「一番右」「一番左」であることを知るには、群れの全個体の位置をわからなくてはならない。しかし、それは実質的に不可能だ。だって、一番左と思った個体のさらに左にいる個体を見落としているかもしれないから。

そこで、研究者は「見えてる個体の一番右側と左側でいいんじゃね?」と言う人がいたり、「最初に発見した個体までの距離でいいんじゃね?」と言う人がいた。しかし、Distance sampling methodの開発者グループによる最新の論文によると、どちらも誤差が大きくて信頼できる密度推定値は得られないようだ。むしろ、独立でないのを承知の上で、見えた個体すべてについてトランゼクトからの距離を測り、群れ密度を経由せずはじめから個体密度を推定したほうが、群れを観察対象としたほかのやりかたよりも真の密度に近い推定値を得られるという。


理論を現実にあわせるのはなかなか難しい。しかし、そもそもこのDSMは、糞などの「動かぬ証拠」を用いた密度推定にはむいてるが、はじめから動く物体を扱うようには作られていないように思える。動く物体でも単独生活者ならいいけれど、たいていの動物は厳密には単独生活者ではないからなぁ。少なくともサルの密度推定法としては、あまり先が長くないような気がしてきた。

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